2016年8月5日金曜日

おててつないで

今回は以前の出張先であった事を少し話したいと思う。

イスラム教の方が9割以上を占めるバングラデシュ。
宗教上、婚前のカップルが公の場でイチャイチャする事はもちろん、
手をつないで歩く事すら禁じられている国で、私は驚きの光景を多々目にした。

それは男性通しが手をつないで歩いたり、肩を組んでたり、
そして中にはイアフォンシェアをしてベンチで音楽を楽しんでたり、、、
日本では目にする事の無い光景だった。

私自身も取引先の社長に腰に手を回されたり、
ずっと人見知りをしているスタッフに道を誘導される際に、
サッと手を握られたりと、、、

ん??ここはひょっとしてソッチに対してオープンなお国なのか??
そう疑ってもおかしくない程に男性同士の距離が近い。

そんなバングラデシュへ1ヶ月程滞在していたときの事だった。
急きょ東京へ戻る必要があり、入れ替わりで若い男性スタッフがバングラデシュへ。

数日の引き継ぎを終え最終日の昼間。
私とそのスタッフは大きなガラス越しにテーブルのあるハンバーガーショップへ。
そこは大通りに面しており、2回というロケーションからか距離の近い男性同士が沢山見える。

私はスタッフへ一言
「明日から1人だけど、この国はソッチ系に対してオープンなところがあるから、、、」

スタッフ
「え??」


「オレもびっくりしたけど、、、ほら。外見てみな」
スタッフが見た先には確かに距離の近い男性が沢山、、、

スタッフ
「・・・」


「取引先の社長もそうらしいぞ」
私は少し話を誇張した。

スタッフ
「・・・マジですか、、、??」


「実際に何度か触られたしな」
私は更に話を誇張した。

スタッフ
「・・・」


「まぁ、でも最初は我慢して、あまりにも酷く迫ってきたら断っていいからね」
私は少し話に信憑性を含ませた。

スタッフ
「が、が、、がんばります」

という会話をしながら、2人ハンバーガー屋を後にし、
自分は翌日の飛行機で東京へ戻った。

もちろんバングラデシュで自分達が見た光景はソッチでもアッチでもない。
これは仲のよい友情の証のようだ。
日本でも良く仲のいい女性同士の友達や親子が腕を組んで歩いていたりするように、
男性同士も仲が良いと同じように手をつないだり腕を組んだり、
スキンシップを図るだけのようだ。

もちろん空港へ向かう前の朝、
スタッフと朝食を取っている時この話をし、
彼は安堵感を持ってホテルを後に取引先の工場へ向かっていった。



2016年7月20日水曜日

交渉は命まで取らない

2000年半ば、当時オリンピックと万博を控えた中国の主要都市では建設ラッシュが行われていた。
それと同時に「チャイナプラスワン」と言う言葉も出てきた。
世界の工場と言われた中国からの100%依存からの脱出と言う意味の言葉だ。

自分たちは2008年半ばより、ベトナムをはじめ、バングラデシュ、ミャンマーそしてインドへとコスト安生産を求め生産国を転々としてきた。

そして今でも忘れないのが、このチャイナプラスワンを急激に加速させた出来事。
それは2009年春先より始った「世界的綿花の暴騰」だ。
商品群のほとんどが綿製品だった当社は急激な原価高騰により工場各社はあり得ない見積を提示。
それに伴い国内価格もあり得ない値上げを強いられ業界からの大バッシング。
このままこの問題を解決できないままだと廃業も考えられる程の死活問題だった。

自分は何の下調べもする事無く焦りと不安と会社の将来を背負い、当時生産候補として考えていたバングラデシュへ。
かろうじて1社だけ取引になりそうな工場があり、バングラデシュに夜中到着するその直後にホテルで相手側の工場の社長と面談。

そこでは異様な交渉劇が待っていた。

綿花の暴騰の影響はもちろん。当時バングラデシュは投資ラッシュにより、
海外から様々なバイヤーが入り込んでいた。
需要過多の状態が既に生まれており、完全な売り手市場が確立されていたのだ。

我々は1個100円の購入が望ましい商品の交渉に挑んだ。
まずはターゲットプライスの100円を提示する。

工場は演技感たっぷりな驚いた表情で100円という提示があり得ないというアクションをみせる。
そしてこのバングラデシュで同じものを生産するのであれば200円が妥当だと提示する。
そして我々が妥当と思う数量の倍以上の数量を生産してこそこの価格だと言う追い打ちを更に掛けてきた。
初めての国、充分な準備も無いまま焦りと不安で挑んだ交渉のテーブル。
そこへ更に綿花の暴騰という世界事情が更に降り掛かる。

工場はこの200円が維持できるのはせいぜい2日間と言うのだ。
それ以上の時間が経てば国際マーケットの生地価格が高騰するというのだ。
そうすれば単価は250円程まで上がると言う何とも刺激的な事を更に突きつける。

自分は到着直後の疲れか、見慣れない人種を目の前にしている混乱。
そして東京から持ってきた大きく膨らんだ不安が爆発しそうな状況で、
何も言葉が出ない状況が続く。
その間工場は細かな事情を色々と説明し、この価格の根拠を説明し私の首を縦に振ろうとしてくる。
最後は契約書までもがテーブルの上に現れた。

とにかくこのままではダメだ。
何死にバングラデシュへ来たのかが分からない、、、まだ初日じゃないか。
自分はこの交渉を明日へ持ち越す事が精一杯だった。

翌日、、、
朝からまた同じ場所で交渉を予定していた中、
全く有利な交渉のカードを持たないまま自分はギリギリまで
どうすればいいのか不安が張り裂けそうになりながら考えた。
そんな中、こんな言葉を昔言われた事を思いだす。

「どんな理不尽な交渉をしても、命までは取りゃしない、、、」

そうこうしているうちに、工場社長がホテルへやってくる。
ムスリム帽を被り、少し恰幅のよい出で立ちで、その両手には金の指輪がちらちらと。

まず自分は昨夜提示された200円を蹴る。
そこである工場の存在を交渉の場へ持ち込む。
今回の渡航に対してもう3社工場とのコンタクトを取っている。
今朝、その各社からメールで価格が出てきた。
その中で一番ベストな価格は70円だった。
がしかし、自分はあなたと向こう10年20年のビジネスを中国からこのバングラデシュでやって行きたい。
がしかし昨夜の話であれば私はこの時点で取引を諦める。
我々がのめる金額は70円だ。

彼は目を丸くし、少し怒りを見せながらその200円の根拠を細かく話し始めた。
そして更にその70円を提示したであろう工場の批判までが始った。
相手も交渉はなれている。おそらく私が少しながらはったりを言っているのだろうと疑っていた。

「どんな理不尽な交渉をしても、命までは取りゃしない、、、」

私は更にこう言った。
昨夜のあなたの提示金額は東京にいる当社代表はかなりご立腹な状況になっている。なぜなら当社代表も独自に他社との交渉を重ね、あるサプライヤーは70円を下回る50円を出しているからだ。
本来なら50円のサプライヤーと組むべきところだが、あなたが私が関わる工場の最安価格の70円を受け入れるのであれば自分はあなたと長いビジネスがしたい。
その事も今朝代表へ国際電話で気持ちを伝え70円までの金額譲歩の決裁は貰えた。
あとはあなたがこの金額を受け入れるかどうかの問題だけだ。

彼は少し黙り、まだ200円の話を続けるが、徐々に彼のターゲットプライスが崩れていく。
この時点で交渉の主導権は一気にこちら側に向く。
かれがどんな価格を提示しようと、こちらは同じ事を繰り返し言うだけだ。
あとは彼が勝手に価格を下げて行くのを待つだけ。
もちろん、彼がこの交渉を蹴る可能性も大いにある。
それは我々にとって大きくリスクなのだ。
なぜなら、代表が探した50円のサプライヤーはもちろん、国際電話もしてない、そして70円のサプラヤーすら実際は実在しないからだ。
この交渉が終われば、取引候補のサプライヤーはゼロという事だ。

「どんな理不尽な交渉をしても、命までは取りゃしない、、、」

リスクを負いながらも、いずれにせよ彼の要求はのめない。
私は決めかねてる彼に向け、これ以上話が進まないのであれば、
他のサプライヤーとの交渉へ出掛けたいと伝える。
その時、彼は70円と言う金額に目を向け始めた。

結果この話は80円で決着がついた。
当初のターゲットプライスよりも下回る金額で何とか交渉を終えた。

その後、受発注の契約を交わし生産へと進んで行ったのだが、
彼らのと取引はこの1回きりで終わった。
まぁ、交渉はうまく行けども日本に良品が着くまでが交渉のゴール。
生産面での交渉は折り合いがつかず、結局お互いに苦い思いをしたビジネスで終わった。

みなさんも交渉へ挑む時にふと思ってみてはどうでしょう?


「どんな理不尽な交渉をしても、命までは取りゃしない、、、」


2016年4月8日金曜日

モノの価値

先日「某カリスマ美容師がはしゃぐ会」にて、
モノの価値は自分で付けるもので、人に付けてもらうものではない。
という少し興味深い話で盛り上がった。

2008年のリーマンショック以来、
デフレ時代到来により、企業は消費者より安さを求められ、
そして安いが当たり前になった消費者は、更に質まで求めていき、
結果一気に買手市場へと変わっていった。

しかし最近は円安傾向と言う波もあり、消費動向はローエンドからミドル、ハイエンドへと少しずつ移行してきている印象がある。
例えば中小規模のアパレルや雑貨ブランドの中でも、
こだわりある付加価値を商品へ付け、それに見合う価格で勝負している。
そして、それが消費者受けしている事実も珍しくない。
少し前までなら二言返事で「高い」と言われていただろう。
それに伴い少しずつローエンド商品一辺倒な企業の業績が落ちている。

数年前は一人勝ちだったローエンド企業が、
今では苦戦を強いられているエリアも少なくない。

話を主題に戻そう。
もちろんモノの価値は人によって評価されるものだ。
ゴッホのひまわりも当時3億円の価値があったのは、
3億円で買う人がいたからその価値があったのだ。
モノの価値は自分で付けるという事は矛盾していないか?

言いたい事は、まずは自分が作り上げたモノの価値は、
自分の感性で付けるべきだという事だ。
そこには原価はもちろん、労力、センス、そして想い入れなどなど、
評価はクリエイターによって様々でいいだろう。
初期評価段階で市場の価格感やトレンド感を評価基準の大半にする必要がないという事だ。

ファストファッションやファストフードなど、
沢山の会社が同じようなモノを同じエリアで提供しているという条件の中であれば、
自分達がいかにいいモノを、よりお買い求め易く提供できるかという話になる。
いわゆる「企業努力」的な評価基準が重要視されてくる。

しかし、この話のモノというのは「オリジナリティあるアイテム」が大前提だ。
例えば、すごくセンスのいいプリントTシャツをデザインしたとする。
がしかし、量産規模の都合上、コスト面だけとっても、
ファストファッションブランドが展開するプリントTシャツに比べ、
上代設定に大きな開きが出てしまうのも事実。
どれだけいいモノを提供しても多くの消費者は安いファストファッションへ流れてしまう。
今ではファストファッションとは言え、デザインもかなりしっかり施されており、
昔のいわゆるダイエーの衣料品売り場の安い洋服というイメージは今では全くのゼロだ。

これからのブランドはオリジナリティを明確にしたコンセプトが必要だと思う。
トレンドに左右されず、自分達が良しとする「アイテム」を自分達が良しとする「プライス」で提供する。
これがブランド価値を高める最低限の戦略ではないか。
このアイテムとプライスがブレてきた時が、ファストファッションとの差別化が消えてしまう時ではないか。

昨年末に立ち上げた湘南レトリバーというブランド、
こちらも自分達が良しとするブランドコンセプトを基に、
良しとするアイテム展開を今後していく予定だ。
消費者がローエンドからミドル、ハイエンドへと志向が変わり、
そしてこだわりにお金を費やし始めた今、
ローエンド一辺倒だった市場から、オリジナリティ溢れるブランドやクリエイターが力を発揮できる市場へぜひ変わって欲しいと思う。

湘南レトリバーも、おもしろい事を市場へ仕掛けられるよう、
これから色々とトライし続けていきたい。

2016年1月14日木曜日

!?なのか?!なのか...

少しグラフィックデザイナー視点で
細かいお話のご提案をさせていただきたいと思います。

みなさまもメールでよくお使いになる!や?、
問いかけを強調したいときは両方使うことも多々あるかと思います。

??

その場合並べ方は「!?」「?!」どちらなの?
そこでAs Graphicsより並べ方のご提案をさせていただきたいと思います。


それでは早速ご清聴お願いします。




では使い方を検証してみましょう。



それでは本題に入ります。。。