以前からお伝えしていた、
綿花の高騰だが、ここにきて天井を突いたようだ。
がしかし、まだこの数カ月は価格が高騰する可能性は低くとも、
まだまだ従来の相場に比べると倍近い値段を維持している。
おそらく今の価格が平行線で続くだろうと予想される。
私も問屋筋から色々と聞いてみたが、
綿製品関連のメーカーは、毎回値段が変わってくるとの事。
特にタオル業界の値上げの動きが目立つという。
ただ、最近は値上げの要望を言ってくるメーカーも減ったともいう。
やはり価格が落ち着いてきているのだろう。
では、我が第二の故郷??バングラデシュではどうだろう。
値下げの兆しは一向に見られない。
中国は綿の原産地国ゆえに相場の動きに連動した供給が可能だ。
しかし、原綿を輸入に頼るバングラデシュや東南アジア諸国は
ホットニューな価格相場で輸入する事が難しいのだ。
高い時期にストックした綿花があれば、
それはもちろん高い時期の価格相場で提供するしかない。
物には順序がある・・・
まずは値下がった綿花がどこに流れるのか??
それは原産国である中国だ。
そこから他国へ供給されていくだろう。
バングラデシュの値下げ傾向を感じるのは
もう少し先になるようだ。
2011年5月25日水曜日
2011年5月18日水曜日
アルカイダ
最近、新聞の一面を賑わしているラディン。
モスリムの地バングラデシュでもこの話題でもちきりだ。
新聞は連日一面で彼のニュースを取り上げ、
昼間のランチでも同じ話題ばかり。
わたしは、彼らが同じモスリムとして、
このニュースをどう受け止めているのか興味があった。
そこで、彼らに尋ねてみた。
彼らのほとんどがアルカイダを認めず尊敬しない。
それにはちゃんと理由がある。
彼らは殺りくを繰り返すテロリストだからだ。
当たり前のことだが、イスラムの中でも理由はともあれ
人を殺す事は絶対的教えに反する決して許されない行為だからだ。
そもそもアルカイダとは???
一部の日本人はアルカイダといえば、
イスラム教そのものをイメージする人がいるだろう。
がしかし、それは大きな間違いだ。
誤解を招くかも知れないが、
北朝鮮情勢を何も知らない人間が朝鮮と言うだけで、
南朝鮮の韓国までもが将軍様の楽園だと思い込んでる・・・
これぐらい大きな誤解がある。
では、アルカイダとは何が違うのだろう。
イスラム教という宗教は、様々な決まりがある。
がしかし、これは別に現代社会に反しているわけでもなく、
むしろ素晴らしく合理的な古き良き伝統的ある宗教だ。
この教えを極端に解釈または信仰しているのがアルカイダなのだ。
イスラムでは女性が表に出る事があまり好ましくないとされている、
だから、女性は顔を布で覆ったりしているのだ。
がしかし、男も女も教育が必要だ。
そうとなれば学校へ行く必要がある。
そうすると外へ出ていく必要も出てくる。
もちろん当たり前のことだ。
だが、女性は表に出ないと言う教えを極端に解釈しているアルカイダは
表に出る必要がある学校など必要ない、、、崩壊してしまえと焼き払ってしまう。
そのような過激で極端な進行による集団の集まりである。
幼いころからの徹底された教育から来ている。
バングラデシュではアルカイダ支持派は
恐らく数%未満・・・その少数も恐らく特別なつながりから
来ているものだろうと推測される。
もちろんパキスタン、アフガニスタンの中でも
アルカイダの拠点周辺の人々は
恩恵を受けている事で支持派も多数いる。
また、政治的癒着もあるだろう。
なぜなら、あんな豪邸に住んでいながら
何年も捕まることなく生活が出来るはずがない。
アメリカに対しての報復も勿論だが、
パキスタンの政治情勢が少し心配だ。
モスリムの地バングラデシュでもこの話題でもちきりだ。
新聞は連日一面で彼のニュースを取り上げ、
昼間のランチでも同じ話題ばかり。
わたしは、彼らが同じモスリムとして、
このニュースをどう受け止めているのか興味があった。
そこで、彼らに尋ねてみた。
彼らのほとんどがアルカイダを認めず尊敬しない。
それにはちゃんと理由がある。
彼らは殺りくを繰り返すテロリストだからだ。
当たり前のことだが、イスラムの中でも理由はともあれ
人を殺す事は絶対的教えに反する決して許されない行為だからだ。
そもそもアルカイダとは???
一部の日本人はアルカイダといえば、
イスラム教そのものをイメージする人がいるだろう。
がしかし、それは大きな間違いだ。
誤解を招くかも知れないが、
北朝鮮情勢を何も知らない人間が朝鮮と言うだけで、
南朝鮮の韓国までもが将軍様の楽園だと思い込んでる・・・
これぐらい大きな誤解がある。
では、アルカイダとは何が違うのだろう。
イスラム教という宗教は、様々な決まりがある。
がしかし、これは別に現代社会に反しているわけでもなく、
むしろ素晴らしく合理的な古き良き伝統的ある宗教だ。
この教えを極端に解釈または信仰しているのがアルカイダなのだ。
イスラムでは女性が表に出る事があまり好ましくないとされている、
だから、女性は顔を布で覆ったりしているのだ。
がしかし、男も女も教育が必要だ。
そうとなれば学校へ行く必要がある。
そうすると外へ出ていく必要も出てくる。
もちろん当たり前のことだ。
だが、女性は表に出ないと言う教えを極端に解釈しているアルカイダは
表に出る必要がある学校など必要ない、、、崩壊してしまえと焼き払ってしまう。
そのような過激で極端な進行による集団の集まりである。
幼いころからの徹底された教育から来ている。
バングラデシュではアルカイダ支持派は
恐らく数%未満・・・その少数も恐らく特別なつながりから
来ているものだろうと推測される。
もちろんパキスタン、アフガニスタンの中でも
アルカイダの拠点周辺の人々は
恩恵を受けている事で支持派も多数いる。
また、政治的癒着もあるだろう。
なぜなら、あんな豪邸に住んでいながら
何年も捕まることなく生活が出来るはずがない。
アメリカに対しての報復も勿論だが、
パキスタンの政治情勢が少し心配だ。
2011年5月17日火曜日
自分をぶつける居場所
最近、自分自身を見失っているような気がする・・・
と、重た~い言葉から入ったわけで。
この年になると同世代でガツガツやっている奴らが
どうも目に付いてくる。
それがプレッシャーにもなれば刺激にも。
以前にもブログで綴った事があるが、
果たして今の仕事が自分らしくいられる場所なのか?
それをここ数か月考えさせられる。
なぜ?
最近、考え方や主張がうまく通らず
ストレスを感じている事が、
それに加えて、後進国でのビジネス開拓のアンチスムーズな状況。。。
でも、その主張は、
自分なりにプラスなスタイルであったり、
それを反発する上からの主張は古いとも感じてたり、、、
それに共感してサポートしてくれる若いのもいたり。
これを貫くことで、
自分の思い描いた世界に行けるのだろうか??
本当は、もっと行きたい世界があるのでは??
こんな事を思い描いている。
がしかし・・・
その「もっと行きたい世界」は本当にあるのか?
只、辛い環境から逃げたいからそう言う思考になるか。
そこの見極めにすごく悩んでいる。
継続は力なり。
少なくとも、この言葉は身にしみて感じている。
今の世界に入らず、ずっと以前の世界で継続していれば
今頃どうなっていただろう?
でも、それは恐らくない物ねだりな自分がそう思わさせているだけだと思う。
上を目指せば、上とぶつかる。
今では、その上に反抗的感情すら芽生えてきている。
でも、それは自分の事を棚に上げて、
自分の主張を正当化しているだけなのかも。
いざ、自分でアクションを起こした時に、
どこまで自分で動かせるのだろうか??
その自信がないと言う事は、恐らく正当化していたのだろう・・・
自分が思っている程、出来る人間ではないのだ。
只、自分の仕事に対する全てをささげる場所がここなのか?
と思うと、全力で意気込めない自分もいるのも事実。
時間は限られている。
のんびりしていたら5年10年とあっという間に過ぎていく。
この辺で、熱くなる場所、追求できる場所を探し求めなければ、
これからドンドン空回りしていくだろう。
自分をぶつけられる環境はここなのか?
それとも以前にいた場所なのか?
それか、これから自分で探していく必要のある場所なのか?
この一年、真面目に考えてみよう。。。
と、頭の中を思うままに吐き出したブログでした。
(共感するやつとかいるのかなぁ、、、それとも俺が特殊??)
と、重た~い言葉から入ったわけで。
この年になると同世代でガツガツやっている奴らが
どうも目に付いてくる。
それがプレッシャーにもなれば刺激にも。
以前にもブログで綴った事があるが、
果たして今の仕事が自分らしくいられる場所なのか?
それをここ数か月考えさせられる。
なぜ?
最近、考え方や主張がうまく通らず
ストレスを感じている事が、
それに加えて、後進国でのビジネス開拓のアンチスムーズな状況。。。
でも、その主張は、
自分なりにプラスなスタイルであったり、
それを反発する上からの主張は古いとも感じてたり、、、
それに共感してサポートしてくれる若いのもいたり。
これを貫くことで、
自分の思い描いた世界に行けるのだろうか??
本当は、もっと行きたい世界があるのでは??
こんな事を思い描いている。
がしかし・・・
その「もっと行きたい世界」は本当にあるのか?
只、辛い環境から逃げたいからそう言う思考になるか。
そこの見極めにすごく悩んでいる。
継続は力なり。
少なくとも、この言葉は身にしみて感じている。
今の世界に入らず、ずっと以前の世界で継続していれば
今頃どうなっていただろう?
でも、それは恐らくない物ねだりな自分がそう思わさせているだけだと思う。
上を目指せば、上とぶつかる。
今では、その上に反抗的感情すら芽生えてきている。
でも、それは自分の事を棚に上げて、
自分の主張を正当化しているだけなのかも。
いざ、自分でアクションを起こした時に、
どこまで自分で動かせるのだろうか??
その自信がないと言う事は、恐らく正当化していたのだろう・・・
自分が思っている程、出来る人間ではないのだ。
只、自分の仕事に対する全てをささげる場所がここなのか?
と思うと、全力で意気込めない自分もいるのも事実。
時間は限られている。
のんびりしていたら5年10年とあっという間に過ぎていく。
この辺で、熱くなる場所、追求できる場所を探し求めなければ、
これからドンドン空回りしていくだろう。
自分をぶつけられる環境はここなのか?
それとも以前にいた場所なのか?
それか、これから自分で探していく必要のある場所なのか?
この一年、真面目に考えてみよう。。。
と、頭の中を思うままに吐き出したブログでした。
(共感するやつとかいるのかなぁ、、、それとも俺が特殊??)
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