2011年7月26日火曜日

27時間テレビ

フジテレビの27時間テレビが先日放送された。
見事ナイナイの矢部がゴールを果たし番組もフィナーレを迎えられた。

この27時間テレビが問題に。
総製作費5億円をかけた全国規模の大型企画。
これを無意味、バカ騒ぎ、電力消費の無駄と批判する人たちがいる。

なぜ?

どして??

私自身、フジテレビの27時間テレビを見ると
「あぁ、夏が始まったなぁ」と感じ、
日テレの24時間テレビを見ると
「もうすぐ夏も終わりかぁ」と感じる。

それほど、今では国民に欠かせない存在となっているのだ。

一つ考えてみよう。
この企画によって今夏に得た(またはこれから得る)効果はどのくらいだろう。
自粛が続いた今年のお祭りシーンにとって、
これほどまでの地方活性化企画は震災後はなかったと思う。

これは5億円以上の効果は確実にあるのではないか?
東北地方の復興への支援も大事だが、
日本全体が持ち直す力を今必要としている。

金に糸目も付けずタレントを大勢起用して??
これは大きな間違いでしょう。

芸能人の影響力があるからこそ、
これほどまでのエンターテイメントなTVショーがあるのだ。
それには、それ相当の経済効果と、それに対するギャラがある。
これは物事の流れの当たり前に事。

テレビ局員の年収がどうだとか。
いいじゃない?
だって、それだけの仕事をしているのだから。
もちろん中には悪さをしている輩もいるでしょう。。。
でも、すれは少数であり、それを多数としてみてはいけない。

TVショーは経済復興に大事な媒体として
ブレーキをかけてはいけないものだと思う。

2011年7月17日日曜日

最大の窮地タオル業

年末に両手に紙袋の営業マン。
その中には大量のカレンダーが。

その中身が年始にはタオルに代わる。

そう、営業マンの年末年始のあいさつの定番粗品だ。
がしかし、年始にタオルと言うのは東の風習らしく
西、大阪では東京ほど浸透していないそうだ。

その年始に必須なタオルだが、
昨年末から厳しい環境に置かれている。

まず、昨年秋から異常なくらい暴騰した綿花。
これはアパレル業界全体が大打撃を受けただろう。
そんな中、一目散に値上げを決断したのはタオル業界だ。

ある問屋筋から聞くと、
同じメーカーから月に2~3回の値上げ相談があったともいう。
それだけ、綿花は株価や外貨レートのように変動が激しかった。

しかし春先から綿花価格は天井を突いたと言われたが、
ピーク時の価格帯を維持しながら平行に飛行している状態は続いている。
ただ、更なる綿花の値上の心配は落ち着いたようだ。

もちろんタオル業界も、
この価格安定のニュースは胸をホッとなでおろしただろう。
が、不幸はさらに続く。
それは今年度より縮小された特恵関税制度だ。

今まで中国から輸入する多数商品群の輸入に掛かる税金が
無税または減税されていた。
がしかし、これは後進国支援による貿易促進が狙いだ。
日本政府は日本を抜き経済大国2位へ躍り出た中国が今では後進国ではないと判断し、
450品目以上をこの「特恵関税制度」から除外したのだ。

これにより、
今までタオルはカテゴリによっては無税や減税の恩恵を受けていたが
きっちり輸入税が発生してしまう結果になった。
これにより更なる原価高騰へと繋がる。

そして最後は震災ショック。
これは業界全体ではないが、
一時は被災地へタオル供給ラッシュがあり
震災による恩恵があった。
しかし観光業が盛んな東北地方、
以前から東北地方の旅館やホテルを多くの主力得意先とするメーカーや問屋は
一気に得意先を失う形となったのだ。

ここにきて各企業は
年始のタオルに代わる代替品目を提案してきている。



今年の綿花収穫期は9月~10月頃だ。
収穫量次第ではタオルに限らずアパレル業全体にさらなる深刻問題が提示されるだろう。

絶滅した?後進国

まぁ、なんとも捻くれたタイトルしか付けないな。

仕事柄、価格安を求めて後進国の開拓をしているが、
行く先々で感じる事が、
思った以上の高物価に落胆している事だ。

数十年前の中国のように、
宝の山を見つけたが、何処をどう探っていいか分からない、、、
そして、気がつけば飛んでもない遠くに来てしまったなぁ。
といった感覚は今の地球にはないだろう。
(もちろんジャングルや砂漠、大平原なんかは別だが)

後進国のイメージを払しょくしているのが
「インターネット」「携帯電話」「乗用車」だ。

私のいるバングラデシュでは超が付く程の貧しい国だ。
がしかし、そんな貧しい国の人々が携帯電話を持ち歩いている。
何とも不思議な光景だ。
ベトナムでもそうだ。奥地の少数民族たちも都会に出た子供たちとの会話を楽しむ必須ツールになっている。

民族衣装を着ているがゆえにギャップを感じさせてくれる。
極端にえば佐川急便でお馴染みの飛脚が携帯片手に仕事しているようなものだ。

無理もない、このような後進国では
有線の固定電話のインフラを充実させるより
無線の携帯電話の充実化の方が断然効率がいいからだ。

SIMカードが150円位。
中古の携帯電話であれば数百円で手に入る。
通話料も断然安い。私も毎回1,000円程チャージをするが
日本との国際電話も含めても14日~20日は持つ。(この消費のほとんどが国際通話)
普通の人たちは100円刻みくらいでチャージしているのが一般的のようだ。
それでも当分は使える。

国民は携帯電話を持つことが一種のステータスにもなっている。

そして、大量な乗用車による交通渋滞。
至る所にネットプロバイダーや携帯電話会社のサインボード。
カフェではWI-FI環境が完備されている。

同じ電話でも我々は段階的に感動して来た。

ダイヤルがプッシュに。

電話に子機が付き。

ポケベル。

PHS。

そして携帯電話。

携帯電話も、モノクロがカラーになり、
メールが使えたり、カメラが付いたりと
段階的に発展していった。

がしかし、今のバングラデシュは
終戦から十年程たった日本と同じような感じだろう。
そんな中、カメラ付きの小さなカラー液晶携帯を目の前にして
どのような感覚なのだろうか。
日本人が宙に浮くバイクでも手に入れたような感覚ではないかと思う。

そして、乗用車のヘビートラフィックを見て何を思うのだろう。
これも日本人でいえば空に設置されたパイプの中を
車が往来しているような感覚ではないか。

段階を飛ばした感覚を知らない私たちにとっては
いきなり未来を間近で見せつけられたような感覚になっているような気がして仕方がない。

携帯もない自動車もネット環境もない
こんな国が今存在するのだろうか。
もちろん平均的には貧しい国はまだまだある。
がしかし、この3つの普及の速度は驚くほどに早い。

もう、辺境の地と言う場所を探す方が難しいだろう。

2011年7月16日土曜日

日本語の複雑さ

海外に行くと必ず日本語を教えてくれと言う話に、
それはガッツリではなくて、挨拶だとか物の名前だとか・・・

そんな中、いつも聞かれて困る質問がこれ。

英語で言う「sir」。
ホテルなどではよく耳にするこの「sir」。
これは日本語には恐らくないだろう。

もう一つは「Hello」。
これは「やぁ」や「どうも」どちらも正解だろう。
がしかし、ビジネスシーンで「やぁ」はイカン。
プライベートで「どうも」はぎこちない。
英語であれば「Hello」一つで公私両用だ。
「sir」でも付ければよりフォーマルな表現にもなる。

英語の場合、ほとんどの挨拶ワードが
一つで色々なシーンにオールマイティで活躍できる。
しかし、日本語はシーンによって細かくニュアンスや言い方が変わってくるのだ。
これは、日本語を覚える立場の外国人からするとかなりの難問だろう。

英語にもカジュアル表現やフォーマル表現があるが、
日本語の敬語程のややこしさはない。

「wanna」を使うか「would like to」を使うか程度で
英語の場合はカジュアル、セミフォーマル、フォーマル程度のレベルだ。

よく、海外の人が日本語で敬語を使うべきシーンに
タメ口で話しているという事があるが、あれはしょうがない。
相当の日本語レベルを習得しないと、その領域のコントロールは無理だからだ。

アラレちゃんのエンディングテーマの歌詞に出てきた
「おはこんばんちわ」的な言葉があると、
もっと日本語は簡単かつシンプルになるのに。

2011年7月11日月曜日

バレエとストリートダンス

すっかりご無沙汰していたブログ。

と言う事は、そう。今私はバングラデシュ。
今回はホテルの方に「おかえりなさい」と言われる。

そんなバングラ滞在中の暇つぶしブログで「何言ってんだろ?」というタイトル。

渡航の日の昼間、バレエと言うものを初めて鑑賞した。
余程の事がない限りバレエとは一生縁の無いと思っていた私だが、
その「余程の事」があり「これは何かの縁だ!」と思い、
とにかく観に行こうという事に。。。

演目は「ジゼル」。。。あまり興味のなかった私は一目散に「雑誌?」と思う。

まぁ、ダメならダメ。良かったら良い。
こんな感じで当日。


そして鑑賞終了。


「いやぁ、良かった。」


強いて言えば、物語を予習しておけば良かった。


最初は淡々とバレエを鑑賞。
結構ボ~っとなっている自分がいる。そして睡魔も少々・・・
無理もない。物語が一切分からないのだ。

このままじゃイカン!イカン!
そこで、物語が分からないなりに、
物語はもういい!純粋に踊りを集中して観よう!と決意転換する自分。

これが良かった。

踊りと言えばクラブパーティ。
バレエをこよなく愛する人たちに対して失礼な程のカジュアル思考な私的DJ踊論。

でも待てよ??

バレエも似てないか???

もちろん、バレエとクラブ系ダンスは全く持って別物だ。
私の言う「似てないか?」と言うのは、
盛り上がり方の波の事だ・・・

セリフの無いバレエは終始踊りと音楽での演技が続く。
物語を表現する為か振り付けよりな踊りも中にはある。

しかし、物語の節目やクライマックスでは
ソロのダンスや、大勢での合わせ技の迫力(優雅と言うべきか?)あるダンスなどなど・・・

それは演者が観客に見てくれと言わんばかりの気迫踊り迫ってくる。
それに応えるオーディエンスも負けずと声援と拍手。

そのやり取りが何度も続くにつれ
メインダンサーは、脇を固める演者たちに囲まれた真ん中で
華麗に飛び回り、優雅に舞う・・・

それに合わせて指揮者の腕の動きも激しさを増す。
その指揮に従い音楽も攻撃的かつアップテンポな演奏に。

更にそれに続けと脇を固めたダンサー達も足並み揃えて優雅に舞う。
それは鏡の部屋を見ている様にダイナミックで立体的で美しい表現だ。




少なくとも私はそう感じ取った。





ん??





まてよ???

これってベビーパウダーがんがん振りまいたフロアで
たくさんのB-BOYやB-GIRLの声援止まない輪を創り
そのど真ん中でクールにブレイキングしている奴らと似てねえか??

ストリート系ダンスって自分たちの表現をしっかり見てくれと
客をあおり、盛り上げ、会場のテンションをMAXに上げていく。
そこに演者とオーディエンスの気持ちの会話のキャッチボールがある。

それに近い物を少なくとも私はその会場で感じた。
そして、テンションも熱くなったのは事実。
別にバレエをカジュアルに見ているわけではないが、
恐らくバレエ愛好家やバレエダンサー達からは
そんな感覚で観ないでほしいと思われるのであろう・・・

きっかけはこんな感じで出会ったバレエ。
この先、色々観ていくうちに感じ方も変わるのだろう。
でも、今回は偶然物語も分からず無知な自分がバレエ鑑賞に挑んだからこその結果だったかも。

もし、物語を理解していれば
また違ったバレエがあったのかもしれない。