2011年2月26日土曜日

昭和初期

バングラデシュも数度の滞在になると、
少し第二の居住区に帰ってきた気持ちになる今日この頃。

中国にせよバングらにせよ
我々は縫製工場があるような所を転々としているためほとんどが郊外だ。
海外とは言え、皆さんが羨むような場所とは一切無関係だ。
まぁ、考えようによっては観光では経験できないローカルな事も多々ある。

バングラデシュと言えば次世代の注目国NEXT11に入っているとはいえ、
まだまだ最貧国のレッテルはとれない。
実際に中心地から少し離れれば皆さんがイメージするアジア後進国と言った感じだ。

今私が仕事している場所はこんな感じ。


私の最初の印象は「戦後」。
よくある○○局開局○○周年記念といった戦争を題材にしたドラマ。
あの手のドラマの戦争直後の闇市なんかのロケは絶対ここで撮っているであろう、、、
もし私が監督ならここで撮るだろうというくらいだ。
舗装されていない道、テレビのある露天に群がる群衆、斜めにそびえ立つ電柱、
そしてその電柱から絡みまくる乱雑とした電線の束。
これで露店の看板を日本の看板に変えて日本人エキストラを歩かせる。
そして仕上げはMPのジープでも走らせれば完全に戦後の風景だ。

日本は終戦から約20年でオリンピック。
チャイナプラスワンの影響で世界中からの投資が目立つバングラデシュ。
彼らがオリンピックのホスト国になる日も遠くないだろう。

今、バングラデシュの国民的人気スポーツ「クリケット」のワールドカップが
バングラデシュ、インド、スリランカの共同開催で開かれている。
みんな街頭テレビに群がり一生懸命に応援している姿をよく見る。

最後にその一コマを紹介しよう。(顔を横にして見てね)

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